Paca Kajero

うちの菜園の状況などを徒然に

まったりと始動


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帳尻あわせみたいな中途半端感のある今日、
同じく中途半端感のある僕も中途半端に具合が悪く、
昼過ぎまでだらだら寝込んでいました。


2時半くらいから、ハウスの中で電熱温床作り。
まず、ちょろちょろ作っていた葉物を自分の分とトリの分として収穫。
レーキで適当に平らにして、その上に木枠を作り、電熱線を渡して行きます。
外側には断熱材を埋めて、熱効率を良くします。
電熱線をサーモスタットにつなぎ、電柱のスイッチまで配線。
温床の上にビニールの切れ端を敷き、上にトンネル用の資材で枠組み。
去年一度作っているので、2時間足らずで終了。
一度経験しているってすごいことですね。


種まきの日から逆算して、明日の朝に電気入れます。
去年のように火事騒ぎになりませんように...


種まきの日は、僕はいろいろな人のように大安を選んでげんを担いだり、
星の動きや、月の動きや、なにやら良く分からないけれどいろいろな動きを気にしないので、
ただ単に、あさって講習会があって、そのまま稽古に出るので、いったん帰るのがめんどくさいなぁ、
ということで3日にしました。


適当です。


ということで今年も始動です。


***


夜は確定申告の書類完成。
結局最後は帳簿といろいろなものが合わず、時間がかかりました。



  ryo


こうやって、自分でいろいろやることを世間では、「DIY」と言うらしい。
・・・いや、どうでもいいのだけれど、
意味聞かないと何の略だかさっぱり分からん。
よくコンピューター関係やら、金融関係やら、まぁ全般的にいろいろな業種で、
横文字にしたり、それをさらに略して使ったりするけれど、
それはいかがなものだろうか、と思う。


おそらく、頭の悪い人達が、自分達の頭の悪さが(もしくはたいしたことをしていないことが)
ばれないように、意図的に使っているとしか思えない。
自分達の仲間内で自慰的に使っているならまだしも、
公の場や一般客相手に平然と「これが標準です」的に持ち出されると困ってしまうことはなはだしい。


さらに突っ込むと、海外を歩いていると
(僕は7カ国くらい、全部で2年くらいしか行っていないのでえらそうなことは言えないけれど)
結構頻繁に「日本人は人種差別主義者だ」という言葉を聞く。


公用語として一般的な理解は示すけれど、
英語または英語圏に対して、ある種のコンプレックスを持ち、その他をうまく認めていない(区別する)。
英語は共通言語としてある程度の標準的なものを担っていると思うけれど、
そのことに注目しすぎていて、ほかの文化や言語があることを軽視しがちの気がする。


つまり、こういった横文字(主に英語であることが多いと思う)を使うことにより、
「よりこの言葉は一般的ですよ」と、知らない人に対して、プレッシャーを与えているだけのような...


言葉の本来の目的は、
「自分の考えや想いを、どう他者に伝えるか」ということなので、
伝えることを目的にしたケースでは、平易な言葉を使うにこしたことがないのでは。
だから書籍などで、回りくどい言い回しや難解な文章を書く人は、
「本当は頭が悪いんじゃないか」とさえ思う。
読んでいくと、たいしたことは皆書いていないことが多い。


・・・法文章や公的文章はわざとほかの意味を含んでいるのに分からなくするために
難解に書かれていることが多いので、
そういったものを読むと、逆に「さすがだな」と感心さえするんだけど...


***


言葉は、あくまで道具であり、
あまり気にする必要は無いのかもしれないけれど、
伝えたい相手に伝わる方法で伝えることが一番だと思う。


それは、何語でも良いだろうし、
言葉は無くても伝わることがあればそれでも良いとも。


・・・それはなかなか期待できないから、
誤解されることがままある言葉を駆使して、さらに誤解される悪循環に陥っていくのだろうけれど。