人はパンのみに生くるにあらず!
私は、パンのみではなく、人生の質も要求する!
とは言ったものの、このごろ月曜日しか直売しない僕めがけてくる、
ありがたいお客さんもいるわけで、
毎回差し入れしてくれるお客さんもいるわけで、
まぁ、しかたない、
これが何かしらの礎になると信じて働きます。
俺の屍を超えていけ
といった格好のいいものではなくて、
結構、(もしくは、かなり)しぶしぶやる気無い直売で、
それでもさ、朝早く起きていろいろ収穫してんのよ、こちとら。
僕が悪いんじゃないはずだけど、
なんだか、品数が増えているので、
調整と袋詰めは、販売しながら、
やはり、おせじにもヤル気がある感じだとは言えず、
さらにボード忘れていって、
「もういいや、ぜんぶ100えんで」、みたいな感じで...
ところが、直売日は僕の唯一の休みのはずなのに、
お客さんが次から次に...
・・・ありがたいことですが...
なんだか、このごろ背中が痛くて、
ある金額まで売れたら、横のSさんのだんなさんに指圧してもらおうという、
自分ルールを定めているのですが、
いつも微妙に届きません。
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さて、
僕には物欲が全くといっていいほど無いので、
そもそもそんなにがんばって働かなくてもいいはずなんですがねぇ。
ただ、もう仕事と生活が切り離せなくなっているので、
どうしたら歯止めがかけられるか分からなくなってしまってもいます。
僕は、世の中は、変えていけるものだと信じています。
自分の生き方が、平和と基本的な生き方を取り戻す、ひつとの方法ではないかとも考えています。
世界に対して、何が出来るのか?
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僕は常々、仕事(もしくは狭義の生き方)には、
3つの段階の目的があると考えています。
1つめは、表面に出てくるもの、
業務の一般的な目的となるもの、契約書に書かれているような。
これをこなすと、仕事として評価され、一定程度、自分も(いる場合には)クライアントも満足します。
2つめは、その業務の奥のほうにある目的
どれだけ深く掘り下げられるか、(いる場合には)クライアントの本当に求めていることを察して、
それを満たすように誘導して仕事をすること。
これをこなすと、評価がさらに高くなり、お金もたくさん稼げます。
だけども、僕はそれぞれの仕事には3つめの目的があると思っています。
これは、仕様書や契約書にはかかれていない、
社会や未来のために、その仕事を通して、何をなせるのかという、
その仕事本来の目的です。
これは誰からも評価されない孤独な道かもしれませんが、
進む進まないにかかわらず、全ての人に、この道は開かれていると信じています。
例えば、医者は、
的確に病名をさぐり、的確に治療することが求められますが、
患者それぞれにあった治療法や、精神的なケアを行うことも可能です。
が、それと同時に、ここの患者だけでなく、
専門分野でより患者を減らし、知見を蓄積し、後の多くの人を助けることに腐心することも可能です。
細い道は、独善的にもなり、常に自分に不安を抱くことが求められるはずです。
目に見えることは、比較的たやすい。
僕は、そうなりたいと思うし。
その狭い道を進もうとする人を尊敬しています。
そして、きっとそれは、誰にも理解されない道で、
孤独です。
人は、ただ独りの人である限り、
結局のところ、孤独なのだと思います。
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孤独
これほど厄介なものは、なかなかない。
僕はよく、人ごみの中で独りガラスの海の中に取り残されて、
裸足でさまよう白昼夢を見ます。
酷い驕りだ。
しかし、
芸術家は孤独でなくてはならない
(フランツ・カフカ)
これもやはり真実のうちの一つの様に思える。
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権利は3つ、昔も今も、そして明日も、その手の中に
真実は2つ、裏と表と
心は1つ、変わることなく
ryo